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ksk@ぴよによるノンジャンルみだれ手記

2024/1/7の雑記 RTA in Japan 2023Winterにボランティア参加していました

もくじ。

・ボランティアとしてやったこと、現地の事

・どうして今回参加してみようと思ったのか

 

rtain.jp

 

1.ボランティアとしてやったこと、現地の事

今回のボランティアは「会場管理」という枠組みで参加しました。会場管理がやることは「フリードリンクのレッドブルの補充」「レッドブル缶ゴミの処理」「洗面台が汚れている場合の清掃」「機材貸出対応」というようなところで、作業としては決して多くはないので、難しさは特に感じませんでした。この辺を細かく書いても特に面白味はないと思うのでこんなもんでよいでしょう。

とはいえ、他の現地参加者さんと異なりきちんと「ボランティア証」をいただいておりますので、参加については背筋を伸ばしていました。(コミュニティイベントの性質的にそれが望まれてるとは思わないけれども)一般参加される方は自分らの事を「内側の人」として見るだろうし、必要に応じて運営スタッフさんにエスカレーションすることも出てくる。必要と思った時はちゃんと声を上げる、手伝う、自主的に動く。そのほかのあらゆるイベントのスタッフと変わらぬ動きをする、ということをしていました。

RiJへの現地参加は初めてだったので、そのあたりの空気感を。おそらく一般観覧参加は非常にハードルが低く「行って! 受付して! 観る!」基本このくらい。よって、現地の空気と後述する「ラウンジ」に興味がなければ、Twitchでオンライン生配信されてますので現地に観に行く必要は正直に言って特別にないと言ってよいでしょう。会場のでっかい画面と音響で観られるくらいのものです。時期もお盆と年末です。コミケなどの「現地に行って何か手に入れる」という要素はなくて「空気を感じる」というのが現地観覧の主な要素です。もちろんこれはこれでとても楽しい。

「ラウンジ」は現地参加の面白いポイントで、ここでは色んなゲームを遊んだり、持ち込んだゲームで遊んだり、RTAに触れてみたり、国境なき医師団の展示を見たり、アパレルブランド無敵時間のブースで買い物したりできます。とはいえこの「ラウンジ」参加ですが、初見・単独でぐいぐい行くのはかなり胆力がいる場所だと思います。ここが「コミュニティイベント」の難しいかつ面白いところで、そもそも前提である「コミュニティ」があり、そこが主催するイベントなわけですから、コミュニティに「お客様」として入っていくという思考はマッチしないわけです。面白いポイントですが「交流するぞ!」「自分もRTAやってみるぞ!」「ゲーム文化に触れてみるぞ!」みたいな気合をもって入るか、さもないと誰か走者/解説者/現地参加者と面識がないとなかなか入っていくのは難しいのではないでしょうか。たぶんコミケよりは難しいと思う。

自分の場合には幸いにもいくらかの現地参加者さんと関りがあったので、その流れで交流させてもらいました。コバンザメみたいに呑みにまでいっちゃった。ありがとうございます。あとゲーム持って行っていいならああいう場には家で眠っているサタボン十人対戦セットを持っていくべきだなと思いました。今後の課題とします。

現地の全体の空気は非常に穏やかでした。イベントとしてこういうところが課題だろうなということや、急激に大きく成長したことによる影響などは端々に感じられましたが、今後も頑張ってほしい、とともに可能なことはお手伝いしていこう、と考えました。運営、走者、開設者、各ボランティア、国境なき医師団、無敵時間それぞれご参加の皆様、ありがとうございました。お疲れさまでした。

 

2.どうして今回参加してみようと思ったのか

もともと、Peercastでゲーム実況配信をしていました。おそらく2007年頃に始めて、明確にPeercastでの配信を辞めたのが2010年の9月です。友人と24時間連続配信なども時々やっていました。RTAについては記録に残るようなプレイはしていないですが、ロックマン2やICORTAをしたことがあります。

Peercastを始めた理由はゲーム好きとチャット好きと技術的な興味が高じてで、辞めた理由は、配信中の視聴者その「チャット」が成立しなくなったからです。ゲーム実況は当時急速にレッドオーシャン化していき、主な舞台がニコニコ生放送に移っていき、自分のような弱小配信者でも「誰かが観てコメントする」ということはどんどん少なくなっていきました。

同時に、自分の軸足はゲーム音楽演奏の楽団活動に移っていき、両方を行うことは難しくなりました。当時、Peercastゲーム実況をきっかけに知り合った人たちとも、状況が変わったという話をしていて、全員が楽団の活動をしていたこともありますが、みんな同時にPeercastから離れていきました。とはいえ、特に実況をしていてネガティブなことがあったとかではないので、自然とフェードアウトした格好です。

それからしばらくしてOBSの登場に驚き、Twitchなどでごくごくたまにゲームプレイを配信しつつ、Peercastからおよそ10年、確か2019年冬くらい、コロナが激しくなる直前くらいのRta in Japanをなにかのきっかけで観ていた時、走者の方が「打開しました」と言っていたのを耳にして「Peercastのコミュニティはここに残っていたのか!」という感動を得ました。イベントとしても隆盛期と見て取れた頃で、かつ走者の方の中にはPeercast時代に見た名前も多くあり、本当に懐かしい気持ちになったことを覚えています。

もともと、Peercastも、ゲーム音楽も「ゲームが好き」という想いからスタートしたものだったので、ゲーム好きとしては新旧様々なゲームが遊ばれる現場を非常に楽しく観ていました。それからコロナ禍、外出機会がなくても何か新しいことを探してDiscordをうろうろし、結果、RTA関係の人々との関りも少しずつ増えてきました。

その後、自分自身ではひょんなことから「ドクターマリオ」のRTAをやるようになったのですが、熱い現場に自分も関わりたいと思いつつも、イベントに参加するというほどの腕でもない。そして小さい子供がいては、こういうものに限らずですが、リードタイムが長く、自分一人で責任が負えない活動ほど難しい。ということで、RTAの現場に走者としてというのは難しいと思っていたのですが、単発、単日の参加ならやりやすいな、これなら現場に貢献できそうだ、ということでボランティア参加をさせていただきました。

もともと、イベントのスタッフをすることは多かったので、自分としても参加ハードルは低かったし、イベントスタッフ経歴での自信もそこそこありました。

参加の動機は以上です。何はともあれ、自分はゲームが好きです。箱推しと言えましょう。そしてホットなイベントにはできるだけ触れたいと思っています。以上から参加させてもらい、イベントボランティアとしても非常に楽しませていただきました。参加を通して関わっていただいた皆様、本当にありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします。