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ksk@ぴよによるノンジャンルみだれ手記

Fediverseと規模について考える

Misskeyが話題になったことでmastdon以来で久しぶりにFediverseに注目しました。

dic.nicovideo.jp

以前にmastdonが少し注目を集めたのはコロナ禍以前、2017のようです。当時と現在の違い、misskeyとmastdonの違い、Fediverseの特徴が面白い時期になっていると感じました。

一方で「話題になる」ということ自体がFediverseとは相性が悪いように感じるので、これらを自分の経験から解説の形で整理していきたいと思います。

 

インターフェースではMastodonTwitterに酷似しています。ただしMastodonはそれぞれのインスタンスの参加者全員の投稿が主たるTLに見えている状態のため、フォローの有無に関わらず、大規模なインスタンス程どのユーザーもホームの流れは速くなります。

日本では大規模なインスタンスにかなりの人が集まってしまい、ひとつのインスタンスに参加するだけでも、なんだかわからない状態になってしまいました。

Fediverseの特徴として、各インスタンスは相互に接続し「連合」を形成し、自分がログインしているインスタンスから別のインスタンスのタイムラインを併せて観ることができるようになるのですが、結局のところ巨大なインスタンスが一つでも連合に存在していれば、連合のタイムラインはとてもではないが視認できるスピードではなくなってしまいます。

Twitterも(人によるとは思いますが)2017年時点では現在よりも緩やかな環境だったこともあり、Mastodonはいくつかのインスタンスに参加していたものの、少なくとも自分にとってはあまり有用なものになりませんでした。

 

その後、2023年の2月にMisskeyについてTwitterインフルエンサーが言及することで再度、自分のアンテナに引っかかります。Misskey自体はそれ以前から開発がなされていたものでしたが、このタイミングでMisskeyインスタンス(現在はサーバー)で最も大きなMisskey.ioに大量の新規ユーザーが流入したようです。現在ではユーザー数は10万人を超えています。

Misskeyは大筋でMastdonと機能が似ており、Twitterにも似ていますが、Mastdonと異なるものとして「チャンネル」という機能があり、サーバーの中にさらに小さなグループを作ることができます。

またMisskeyもFediverseとして、Mastodonなども連合を作成することができます。

 

これらを利用して感じたのは、そもそもMastodonやMisskeyのようなものは、設計がせいぜい数十~数百人以内の参加人数までしか対応できるようになっていないということです。数万人が存在する状態では、各インスタンス・サーバーで行われる発言は秒単位で十以上の頻度になり、まずローカルタイムラインや連合タイムラインは、意味のある言葉を吟味できる速度ではなくなってしまいます。

だから、数万人が登録しているMisskeyのタイムラインでは与謝野晶子のような流行の笑いや、大きな絵文字を使った意味の薄い発言「しかできない」状態に陥ってしまいます。このスピードの速さと意味の薄さは「ニュース速報vip」を思わせられました。

 

一方、Misskeyにはその回避策があり、各々が自由に作成できる「チャンネル」によって全体のタイムラインとは切り離された空間を作ることができます。この「チャンネル」とフォローしているアカウントのみを表示する「ホーム」があることで、単一のタイムラインしか存在していないMastodonよりもフレキシブルな参加の仕方が可能です。

 

Misskeyは激動の時代にありますが、その流れの中に以前からいる参加者の面白い発言がありました。Misskey.ioの参加者が数百人程度だったとき、落ち着いた和気あいあいとした空間が作られていた、ということ。

そしてMisskey.ioが新規登録閉鎖時、一時的にあるMisskeyのサーバーに人が大量流入した時、そのサーバーに明らかな話題の方向性の変化が起こったことです。

 

これまでの事から、その瞬間のユーザーの規模によってFediverseの使用時の印象は大きく変わるということが考えられると思います。

MastodonもMisskeyも数十から数百程度までしか対応できないのでは、と書きました。両者、およびTwitterの各機能のレイアウトは概ね似通っていますが、このレイアウトで人間が認識できる「タイムライン」は恐らくアクティブなユーザーで数百名くらいが限界で、それ以上になると速度がはやくなりすぎるので「意味のない発言」でしか注目を集められなくなり、結果、意味のない発言が増えてくると思われます。

 

そのためFediverseは小規模で分散し閉鎖的なコミュニティを作っていくか、または大規模のオープンコミュニティの中に小規模のコミュニティを作っていくかのどちらかを選択しないと、そもそもコミュニケーション自体が困難になっていき、双方向ではなく単一方向の強いメッセージ、感情的なもの、返答を期待しないものが多くなるのではないでしょうか。

 

上記のようなことがあるとすればTwitterも近いレイアウトを持っているため、似たようなことが当然に起こりうるのだと思います。2007年当時ではTwitterの個人ユーザーでフォローが三桁に及ぶ人は稀でしたが、現在ではフォローやフォロワーが四桁に達する人は珍しくありません。それぞれのフォロー、フォロワーはすべてがアクティブなユーザーではないでしょうが、それでも四桁は完全にFediverseで見た、個々人が冷静に視認可能な情報の限界速度を超えています。

 

結果、個々の人々はリストでフォロワーのグループを管理するなどが起こるわけですが、しかし最も大きなタイムラインで起こる内容のカオスは避けられなくなります。その結果、時系列事のタイムラインの意義が薄まり、Twitter社側は「おすすめのツイート」を前面に表示せざるを得なくなっていったのでは、と考えています。実際に、時系列表示ではなく、おすすめ表示の方がユーザーの定着率はよかった、というTwitter社員の証言記事が以前に発表されていました。

 

こうなると、Twitterは永遠に、ユーザーたちが願う「過去のようにフォローのツイートを時系列に表示する」はできそうにありません。ユーザー数が多すぎ、ツイートの意味が薄れることが必至で、仮にツイートを時系列に表示してもユーザーたちの「満足」は獲得できない。

 

では希望はFediverseにあるのか、というとそれもまた現状では難しく、大規模なインスタンス・サーバーではTwitter以上のカオス空間となり、またサーバー費用が飛躍的に増大、小規模インスタンスではそもそも人が居ない。その間の「ちょうどよく話題が回る人数」にたまたま飛び込む、というのは非常に困難なのではないかと思います。

 

しかし、非常に長い間サービスの中で強い位置にあったTwitterに対して、Misskeyのようにユーザー数が大規模でもすべては破綻しない仕組みのSNSがあることで、Twitter一強に対抗する目が少し出てきたのではないでしょうか。

Fediverseは個人でもインスタンス・サーバーを設立できるようになっており、それらは当初のインターネットの理念に近いようにも思いますが、しかしまだまだ個々人にはハードルが高いことだと思われます。

とはいえ、Twitterの大部分は企業の宣伝媒体であるか、もしくはインフルエンサーたちの戦場となってきたので、コミュニケーションの可能性の場としては、Fediverseは現在とても面白い位置にあるのではないでしょうか。