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ksk@ぴよによるノンジャンルみだれ手記

2015年M3秋に出展してきた話

今年3回目の即売会! ということで 

ととΘωθ -課題図書系音楽サークル-

の名義でM3に出展してまいりました。

 

ととΘωθについては先日日記でいっぱい書きましたのでそれでいいとして。

予想はしていたことなのですが、オリジナル音楽はむずかしい!

技術面でのお話はコンポーザーやボーカルや皆様にやっていただくとして、僕の側はどうやってととΘωθを盛り上げていこうかってことを考えるわけなんですけれども。

 

当然とは思いつつも、なかなか手に取ってもらえるものではない。

単純に言って、知らないサークルの曲って聴いたり買ったりしようと思わないんですよね。しかもお金をいただいて買ってもらうものですから。

じゃあどうやってCD買うのよ、っていうお話なんですけれども。ここで「曲がいいよね」が買う理由になるっていうのは、かなり優先順位が低いのではないかと思っている。

そういうこともあるけれど、M3のようなたくさんの新譜が一度に出る場では、その中から何かを探すのもとても大変。大変ということは、気づかれずに通り過ぎられてしまうということ。なによりも自分が買う側としてそうしてきている。

 

ちょっと逆説的なお話になります。そんなに遠い過去の話じゃないので覚えていらっしゃる方が殆どだと思いますが、佐村河内守という人がいました。この人の名義のものだったとされる「曲」は、騒動のあとにどういう位置づけであったか。

諸説紆余曲折あると思うんですけど、世間的な評価で言えば曲の価値が「下がった」と言って差し支えないんじゃないかと思うんですよね。誰が作ったかによって、曲そのものの音楽的要素が変質するわけではないにも関わらず、です。

結局のところ「音楽」ってそれ単体の価値ではない。それは版権楽曲を演奏しつづけてきた自分が何度も考えたことだけれど、曲って必ずそれに付随する何らかの文脈があって、それと切り離しては考えることができない。

いや、曲だけでもよいっていうのはそれはそれで成立はする。けど、ここではある単一の楽曲がどうやって聴き手にとって特異な存在となるかであって、しかもそれを不特定多数に向けて試そうとしている。そういう時に、たとえば音楽的技巧とか、そういうものだけでその楽曲を評価して吟味できる人はそんなに多くない。

 

ショップで平積みしてもらえるわけでもない、雑誌に載ったりもしない、有名人がこれすごいよって言うわけでもない、そういう新出のサークルがたくさんある中で、その中の一つがなにか不正なこともせず抜きんでるチャンスや方法は、そうそうない。「ととΘωθ」も数多くの新譜の中のたった一つになったばかり。

 

「ととΘωθ」の曲を知ってもらうということは、そのままイコール「ととΘωθ」を作っている人達を知ってもらうことでもあるわけです。

だから、最初に買ってもらえるのはどうやったって僕たちのことを知っている人になる。当然の当然。むしろ、我々メンバーは交友関係の広い人が多いので、むしろ売れている方だと思います。ありがたい。

 

どうやって「ととΘωθ」を聴いてもらうか、という点については、なんらかの既存の題材から楽曲作りをしているのだ、が最初のとっかかりなんですが、これをもっと拡げていくにはどうしたらいいだろう、というのが今後考えていくことになるのだと思います。

ととΘωθを地道に知っていってもらう。それはCDつくりをするということだけではないと思います。それでも、地道に時間と実作を重ねて進んでいくしかないのだと思うのですよね。

 

ということで、今後もどうぞ、お付き合いくださいませ。toto-0001「ネガイカナウヒカリ/オムライス」を持っていることがすごいことだと言えるようにしてみせたいですよね。がんばります。

ちょっと散らかったお話になっちゃったなぁ。

 

むずかしいことばっかり書いてしまったので嬉しかったことも書こう。「惑星のさみだれが好きで」買ってくれた人が何人かいてくださったのでそれはめちゃめちゃ嬉しかったです。今後もそういうふうにできるといいなぁ!