読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

paper-view

ksk@ぴよによるノンジャンルみだれ手記

MGSVTPPはじめました話/バイアス修正の話

メタルギアソリッド5ザファントムペインをはじめました。

 

 ということで日々アフガンに潜入しています。色んな事がおろそかに!

 

前作というか前日譚であるMGSVGZのときもそうだったんですが、今までのように1マップごとにスタートからゴールへ進攻していく=ルート上の敵兵をどう順番に排除するか、という考え方でなくて、広大なマップの中の目的地に自由に侵入する=拠点ごとの警備シフトをどう崩していくかという考え方の違いが大変です。

最初はおっかなびっくりだったんですけど、だんだんカモフラ性能がよくなったり、諜報チームによって敵の情報を得たりで少しずつスピーディーに潜入できるようになってきました。たのしい。

それにしても、立てていい音と立ててはいけない音があって、敵をぶん投げて壁に叩きつける音と、ぶん投げる時のスネークの気合一発「せぇい!」は敵さんの注意対象外。ゲーム性と映像的なところでしょうがないとは思いつつも、ここだけちょっと変な感じです。

ということでtwitterに現れないなと思ったら潜入中です。

 

次の話題へ。

 

以前「あなたはこういう人じゃないですか?」という評価のお話を頂戴して、なるほどふむふむと聞いていたんですが、その後から「こういうの言われるのあんまり好きじゃなさそう」みたいに追加で言われておろろってなったことがありました。

おろろってなったのは、他人から何らかの評価をいただくのは、それがプラスの指摘であってもマイナスの指摘であってもうれしいと思うし、有難く頂戴したいと思っているし、実際にその話をされたときもありがたいな、と思っていたからです。

でも一方で「確かに、あの話をされているときの自分は反応がにぶかったな」と自己評価したのです。

なぜでしょ。

あとあと考えて出した結論は「バイアスの修正がおいつかないから」でした。

 

普段、人の話を聴くときはバイアスの修正を常に心がけている……というよりかは癖になっているようです。これについては僕が社会学メディアリテラシーをそれなりに勉強した、気を遣って十年間くらい生きてきた、たくさんの人と会話したから獲得されたものと考えてます。

具体的になにをしているかというと、その人のお話の中にある「情報」と「感情」とを切り分けたり、言っていることのなかの正しいところとそうでないところを別々に評価したり……といったところです。

プライベートでも仕事でもいろんな人のお話を聴く機会がありますが、特に誰かが何かを評価するときには、その評価情報には、その人の主観が混ざります。簡単に言うと、AさんがBさんのことを好きな場合、AさんのBさんに対する評価の言葉は当然プラスに偏ります。その話を聴いたときの「僕」は、バイアス修正としてBさんの暫定評価をどう考えるべきか? というとき、AさんがBさんを好きだ、という情報から、Aさんの言葉にはどれだけゲタが履かされたか、ということを考えるのです。

これをちゃんとやっていくことで、変に派閥に巻き込まれないとか、人に不当に低い評価をしないとか、苦手な人でも能力はちゃんと買うとか、いろいろと都合がいいと思ってます。

 

評価の対象者が自分のとき、このバイアス修正作業は二倍に膨れ上がります。

僕がAさんから「あなたは○○だよね」と言われたとき、まずAさんのバイアスを直します。この人はこの評価をしてるけど、この人の評価は普段こっちに寄りがちだから、ちょっとそこは修正して受け取ろう、とか思うわけです。

でもその瞬間にもうひとつ「自分がどう評価されたいか」という自分自身のバイアスも直さなきゃいけなくなります。今、この人の言葉をこっち方向に修正して受け取ったけど、それって「自分がそう修正したい」と思ってそうした、ということはなかっただろうか? という自分との戦いです。

そうすると自分の脳ではすごく煩雑な処理を進めていることになって、(でも癖になってるから止められないんですけど)その結果、反応がニブくなるようです。

 

ということで、それは結構稀有な発見だったんですけど、ニブくなって結果難しい顔でうんうんと聴くだけなのは、評価そのものをもらいづらくなるからよくないなと思ったのでした。でも癖なんですよね。