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ksk@ぴよによるノンジャンルみだれ手記

なぜ本間カナメ(33)はその言葉を発し(なければならなかっ)たのか? ~『3人でゲーム作るまんが』の感想~

話題になっていたらしいてつなつ氏の「3人でゲーム作るまんが」を読みました。

 

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面白く読みまして、いろいろな感想があるようですが、自分は

 

「本間カナメというキャラが針の穴を通していくような漫画」だと思いました。

 

これからその話を書こうと思うんですが、本題に行く前にちょっとだらだら書いてから入ろうと思います。

久しぶりに文章書くし。

 

物を見聞きして何か考えるとき、とりあえずはバイアスに気を付けるようにしています。「自分がどういうものの見方をしているか」ということに自覚的であろうということで、それを自覚していないとキャラや物語に対して見落としが多くなったりすると思うからです。

とはいえバイアスを全部除去するのは不可能だし、除去しすぎると自分の感想としての個性を逸するので、感想の時は自覚的ではあれど消すようなことはしません。

 

ということで、初見の感想なんですが、どのキャラも特別に好感を持つことはなかったし、逆にどのキャラも嫌悪感はなかったです。

ただ「絶妙な言葉が使われているな」という感覚だけがありました。

で、この「絶妙な言葉が使われているな」という自分の感覚を検証するために読みこみを進めていくわけですが、そうすると今度は「絶妙な言葉が使われているという自分の感覚を補強する読み方」をはじめてしまうわけです。

 

それ自体もやっぱりバイアスなので、つまりここから先はそういう最初の感想を元に何度か読んでいった結果、という文章になっています。

誰かの言語化や新しい視点の助けになればいいけど、まぁ、とにかくやってみましょう。

 

 

さて、作品本編ですが、このエントリーのタイトルの通り「本間カナメ(33)」のセリフに注目していきます。

が、本編のセリフに入る前に、ガイドラインをいくつか引こうと思います。

 

まず、カナメというキャラクターはどういう立ち位置に居るか、というと、少なくとも自分は、この作品中では「一言間違うと会社がコケると自覚している人」だと思って見ています。

インディーゲームを自宅を事務所(と思われる)会社で作っていて、SNSを通じて人件費が安く済む美大生から発掘してこなきゃならないくらいの零細企業です。

作中ではほんの少ししか経済的なことについて言及されませんが、おそらくそこまで外した見方でもないと思っています。

 

更に本間カナメと、同じゲーム制作者で音楽担当「脇坂ミノリ」の関係について見てみましょう。

これはこの漫画の前作にあたる「2人でゲーム作るまんが」がヒントになります。

 

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この時は二人だけなんですね。

まず名前に注目です。

「本」間「カナメ」さんと「脇」坂「ミノリ」さんで、関係はカナメが中心で、状況的にはミノリは脇、添え物です。「カナメ」は名前の通り「カナメ」ですが「カナメ」は、ミノリが作った音楽に触れたことで音楽をミノリに任せること、それまで副業だったゲーム作りを本業に、会社化することを決意します。

カナメは「要」ではあるけれど「実り」はミノリが担当しているんです。

 

次に表情に注目です。

カナメは基本的にほとんど表情が動かないんだけれども、テンションが上がった時はわずかに表情を動かします。一番それまでにない豊かな顔を見せているのが、過去回想、ミノリの作った曲を聴いているシーンですね。(P14)

カナメは基本的に、モノづくりにテンションが上がった時にはちゃんと顔を動かします。

同時に作品作りの要であり、脇で感情担当のミノリとは対極的に理性の権化みたいな役割を与えられていて、だから本当に作品のためなら自分の感情をほとんど見せずに発言をしています。特に9ページから始まる取材を受けるページではきちんと「余所行きの顔」をしていて、10ページ4コマ目、取材者からの理解のない言葉に一瞬マジでげんなりした直後に即、自分を落としてまでミノリの音楽を持ち上げて取材者に判らせるという道化まで演じることが出来ています。

カナメは審美眼を持っている=カナメの作る音楽よりもミノリの音楽の方がゲームの完成度を高められることができるとわかる人物です。

 

と、ここまで資料として読み込んでおいて、カナメは超・理性の役割を与えられているという前提で「3人でゲーム作るまんが」の方に戻ります。

新キャラの神崎チヒロさん。お名前に注目すると彼女は「神」が役割です。たぶん神絵師ですね。いわゆるゴッド

その神、チヒロにカナメは「ぜんぜんダメ」という発言をしましたが、実はこのときのカナメは思ったよりテンション高めの目をしています。見上げているとはいえ、平常のカナメは上まぶたが横まっすぐで描かれるので、平常ではないと思われます。

・本当はダメだと思っていないけれど、必要があってそう言わなくてはならない

・本当は相手を傷つけるようなことは言いたくないけれど、必要があってそう言わなくてはならない

の、ブレンドされたような顔でしょうか。とりあえず

SNSで声をかける動機になった才能とこれから作るゲームのアイデアがクロスしたもの=カナメの初稿を見てテンションが上がったが、カナメが思う期待度までは届いてなかったので発破をかけなくてはならなかった」

くらいの感覚で読みました。

 

で、その次、今度はミノリが作った曲を聴いてホメるシーンなんですが、こっちは全然カナメのテンションは上がっていないです。つまりカナメは「すばらしいです」を本心から言ってません。いえ、もちろんミノリが作る曲のクオリティが低いということではなく「カナメがすでに知っている、ミノリが作れるクオリティの予想範囲の中の曲」であることは間違いなくて、天才とか令和の下村陽子とかいうほどまで過剰に褒めたたえるのは最初から最後まで「その後にチヒロに聴かせるため」に道化を演じているのだと思います。

ミノリの曲はカナメにとって「チヒロが聴けば、カナメの狙いを補強になる曲」であることは間違いないからです。

 

その次が一番カナメのキャラが出るシーンなんですけれども、カナメは「やれるか、やれないなら日当は出すので辞めてくれ」と言います。

ものすごく大変な二択のように見えるんですけど、理性的な人物が二択を迫るときっていうのはちゃんと目的があります。カナメは理性的なので、煽って描かせようとはおそらく思っていません。マジでどちらかを今選んでほしいと思っています。

なぜかって言うと、それ以外の第三の選択肢を選ばれるのが一番困るからです。つまり、カナメの要求=見栄えがするだけではない(≒カナメでも描けるくらいの)絵、にも答えないし、かといっていなくなって他に依頼できるようになるわけでもない、ミノリが提案しかけたのを「わざわざ」かぶせて潰した折衷案を取られるのが、カナメは一番困ります。(その「第三の選択肢」こと、見栄えがするだけの絵で稼ぐ美大生同期まで、モブの形でしっかり登場してくれました)

何故なら会社がコケるからです。この会社は零細です。

ちなみにこういう話法をダブルバインドと言います。あんまりやると嫌われますし、知ってる人なら第三の選択肢を持ち出して簡単に意図をつぶしに来ます。

もし「絶対に描かせる」ならカナメはそういう方法を最初から選びます。チヒロに選択肢を与えているだけ、カナメはフェアに見えました。

 

ので、かなり厳しいことを言っているように見えますが、最初から最後まで窮地に立たされてるのはカナメの側です。最初に絵を描ける人を入れるとカナメがギャンブルを選んだので、カナメがドライビングするのは必要なことなのですが。

 

 

ということで、チヒロはカナメの期待に応えた絵を完成させました。これが届いたときのカナメはめっちゃテンション上がってますね。ミノリの興奮に隠されちゃうけど。

 

カナメはとにもかくにも「嘘はつかない」「ただし、ワーディングによって効果を最大にしようとする」キャラで、だからチヒロの才能を引き出すためには「(期待した通りの方向性だし、このままうまく方向付けできれば最高だが現状では)全然だめなのでもう一度よく考えてください」とか「(ミノリの曲としては通常通りのクオリティだし、今や新鮮な驚きはないが、この場でチヒロに発破をかけるにはこの上なく)すばらしいですっ」みたいな言葉の使い方をするのだと思います。

それが、自分が針の穴を通すみたいだ、と感じた理由です。

 

そしてその言葉が選ばれるのは、ゲームを作るためっていうよりも「会社をコケさせないため」で、ものすごく理性的なんです。

 

 

と、いうふうに自分は読んだのですが、ついでに、と余計なところまで考えていっちゃいました。「神」崎「チヒロ」のチヒロというのは、千尋でしょうか。尋は「たずねる」でもあり「広」のように長さや深さの尺度でもあるわけですが、おそらくこの神は、まだ3人で作っているこのゲーム会社にとって神、つまりお話の転換点を作るような役割を与えられていると思うんですね。

 

神デザイナー/グラフィッカーが入ったこの会社が軌道に乗ると、この流れだとカナメは将来的にゲームの製作から降りちゃうんですよね。

カナメは審美眼と理性があって、自分のエゴより作品と会社を前に出せちゃうので、自分より才能がある人間を入れたら、その分野から退場しちゃうんです。ミノリみたいな「実り」も持っていないし。

ゲームを作ることを始めた人が、合理的思考の行きつく先に最終的にゲーム作りから降りることを迫られる、その時カナメはどういう選択をするのか、ということが、気になってしまったのでした。

続きも期待です。