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ksk@ぴよによるノンジャンルみだれ手記

サービス業とサービス精神の話

近鉄のお話で、クレーマーに屈する必要はない、というお話をTLでちょいちょい見かけますが、通常、組織がする対応というのは、単純にその合理性が大きい、または大きいと見積もられるからそうするのであって、逆にそれ以外の理由はあんまりないと思います。

 

なので、過大なストレスを抱えた社員をかばう、という考えよりも、目の前の事象に謝罪をして、社員の行為について「不適切」ってことにしてしまったほうが「利益が大きい」と判断されたことになるわけです。

そうすると「社員を護るべきだよ」ということを主張して実行していただくのは、それ相応のロジックを組まなくてはならない。

それがないと「社員を守るべきだよ」という言葉は単純に「社員の行為は不適切だ」ということと同程度のクレーム、かつ社に向く可能性が少ないので、ほっといていい、不適切だと文句を言われるクレームよりも対応優先度は低くなります。

 

はてさて、なんでそんなことになってんでしょうね。

 

サービス業を、サービス精神を発揮するお仕事だと勘違いしている人は結構います。この話前にも何度か書いてるかもしれません。でもそのくらいみんな勘違いしてると思うんですよね。

サービス業は「無形財を販売する業」です。ここでいう無形財は、単純にモノではないということです。

サービス業の業種は、えてしてサービス精神を発揮してくれることが多いです。ここら辺は「CS(顧客満足度)」の競争の結果です。

CSを獲得するためにどの程度「サービス精神」を発揮するかは、さまざまな業種の取捨選択により決定されます。なぜなら「サービス精神を発揮する」も一つの労働、人的感情的コストを払ってするものだからです。

言いかたを変えましょう。バイトを選ぶとします。その日の気分に応じて仏頂面でもいい喫茶店の店員と、どんな体調や精神状態でもお客さんにニコニコすることを強いられる喫茶店の店員、どちらも時給は950円です。

こういわれると、割安感と割高感が生まれるはずです。

 

よって、サービス精神を発揮するということは労働の一種だと分類していいと思います。

というか言葉があります。「感情労働」といいます。

 

サービス精神を発揮しようが発揮しまいが成果が変わらないお仕事の場合、労働量が少ない方が楽ですから、サービス精神を発揮しないほうが合理的です。

これは競争相手がいない業界、専門性の高い業界には顕著に言えます。鉄道なんか顕著です。「あの私鉄、サービス悪いからJRで行こうぜ」とはなりません。ならない、ということは、その社員にはサービス精神を発揮する合理的理由がない、と言うことです。

 

でもサービス精神は発揮して当然というくらいの意識がまかり通ってしまってます。これはもうなんでかはちょっと判りません。ちょっと上くらいの世代の人たちがサービスされすぎて、自分はサービスされて当然だくらいに思ってしまった、もしくはそれを供給することで利を得てきた業界が多かったのかもしれない。ともかくとして「サービス業はサービスを提供してしかるべきなのだ」と考えてる人は結構います。

こうすると次に何が起こるかというと、働く側の人達は、よくわからないけど、サービス精神は発揮しなきゃいけないんだ、と思うのではないでしょうか。なぜなら、働く人はまた、消費者でもあります。消費するときはいつも、提供者から最高のサービスを受け続けてきたので、サービスは発揮しなきゃいけないもんだと思ってるかもしれない。

で、消費する側はサービスを受けて当然だと思ってしまっているので、サービス精神がみられないと過剰に反発したりします。「お客様は神様だ」に代表される客側のクレームです。

クレームが発生するとクレームを処理しなくちゃなりません。面倒ですよね。クレームを放置するよりもクレームを処理した方がいい時はクレームを処理する選択が選ばれます。

 

この「過剰な反発」が多い間は、それが道理かどうかは別として、サービス精神を発揮したり、サービス精神を発揮していないことに対するクレームに積極的に処理する方が合理的になります。

なぜなら、労働者の側もまたサービス精神は発揮されて当然だという文化の中にいるため、感情労働はほぼ対価ゼロで提供されるからです。対価ゼロなら使ったほうがいいです。(実質的にその人材を失う、損なう可能性は高くなりますが、無視されちゃってるよね、ということです)

 

というわけで、そもそも感情労働が価値として計算されていないので、このお話は、見る側にとっては「それは社員を守れよ」という感覚を産むとはいえ、それに従っても極端にメリットは少ないと見積もられてしまうので、めんどくさいクレームを早めに封殺するために、社員の行動が不適切でしたと謝って対応していく、という考えになるのです。

 

それを変えるには。

・十分な対価がなく感情労働をさせられる業種への応募人気が減り、人材獲得が困難になる

・サービス業はサービス精神を発揮する業であるというトレンドが消える

などが起こって、謝らないほうが合理的だ、利をとれる、という選択がなされないとだめです。

 

とりあえずは、飲食店の店員さんが仏頂面でも、ご飯がちゃんと出てきたのなら嫌な気持ちにならないことが大事です。