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ksk@ぴよによるノンジャンルみだれ手記

赦すひと / 赦されるひと の話

きのう、ラブライブのライブビューイング行った話を書いてたとき、一年前に観たライブも記事かいたな、と思って探してみたら、なんでのんたんが好きなのかってつらつら書いてる気持ちわるい自分の記事を見つけました。

 

paperview.hateblo.jp

 

で。好きなキャラが増えましたか、というと、ライブのあとはデレマスとかを見てたんで、デレマスのキャラで諸星きらり、デレステを遊んでいく中では一ノ瀬志希と宮本フレデリカがお気に入りです。

 

昨年から現在までで、公私に渡りいろんな人間関係を見ていく中で「赦すひと」と「赦されるひと」という関係で考えるということをしてみていました。

二項対立で考えるにはちょっと面倒なんですけど、要は「赦すひと」と「赦されるひと」という組み合わせは上手く行くよな、と思っていたのです。

 

僕は自分のことを「赦される側のひと」だと思っていて、中身がどういうことかというと、いろんなことを我慢できない。遊ぶことだったり、作ることだったり、口をはさんだり首を突っ込むことを止めることができない。

この性質でたまに人とぶつかることもあって、そういうのって僕と関わるひとからしたらクソめんどくさいことだと思うんです。

けども、それもまぁ僕の一部だよね、と赦してくれる人がいるわけで、こういうひととは関係が深く、よく続くと思ってます。

 

赦す/赦されるは絶対的な数値じゃなくて、ある人はここまで赦せるし、ここからは赦せない、っていうのはあると思うので、あくまで僕、またはその他の対象者から観て、それと関わる人が赦すひとかどうか、というふうに考えます。僕も一定のレベルまで赦すようにものごとを考えてます。

 

で、自分が好きになるキャラクターというのは、基本的に自分から観て「このひとなんでも赦してくれそう」というひとばっかりです。昨年の記事では「肯定的」とか「許容力がある」とかって表現しています。でも強調しておきたいのは、それが共依存には陥らないことです。

 

逆に、好きにならないキャラは、赦してはくれなさそう。たとえば「げんしけん」のキャラとかは初代も二代目も男声も女性も全員仲良くなれないと思います。アンジェラがギリギリ。

 

身の回りのひととかキャラクターをそういう軸で考えると面白くて、この人とこの人はうまくいかなさそう、とか、この人とこの人はうまくいきそう、とか、果たしてこの人を赦す人は現れるのだろうかとか、そんなふうに考えたりしてます。

 

と、書いておいて、来年あたりに機会があればどういうキャラがお気に入りになっているか、どういうひとと関わっているか、そもそもこの考え方をひっぱっているかをチェックしてみたいと思います。で、うわっ気持ち悪いっって感じたい。