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ksk@ぴよによるノンジャンルみだれ手記

癒着しているものの一点だけに論を通すと、切り分けられないものが飛び出すねっていう話

ちょっと前なんですけど、堀江貴文氏のツイッターでの発言やらやりとりが話題になったそうです。

 

news.livedoor.com

 

これに対してどうこう、というつもりはないんですけど、それぞれの人が何らかの言葉を使うときにどういうニュアンスを乗っけて使っているか、という点のずれを直すのが、twitterみたいなツールはものすごく苦手だなと思っています。なぜなら、字数が少ないから。同じことは会話中でもちょいちょい起こるけど、こっちは表情や声色なんかでちょいちょい修正をかけることができる。

いちばん最初に気にしなきゃいけないと思うのは「社会」という語の使い方なんですけど、基本的に堀江貴文氏はこの言葉を「経済」という意味に極端に寄って使う傾向があると思ってます。

なので、読むときには必ずそこにバイアスの修正をかけなくてはならない。そのくらいの寄りがあります。

今回の話題で寄せられた堀江氏に対する「反論」は基本的にこの「社会」のバイアスを修正していません。だからよくわからないことになります。

 

ざっくりと箇条書きにしちゃうと。

■発言の読み取り

・堀江氏は「社会」という言葉をもっぱら「経済」という意味に使う。

・「経済」を考えると、能力的に高い人に機会を与えたほうが、経済的なプラスは大きい。

・経済的なプラスは、そのために能力的に低い人の生活保障を与えたとしてもなお大きいと堀江氏は見積もっている。

 

■そうはいっても、と反論できること

 ・「社会」は経済的なことだけでなりたっているわけではない。

・経済的なことに参加することが「自己実現」「幸福」であることに社会的な合意がある

・このために「経済」の側でも一定の合意や規則やメリットを設けている

 

というところかなと思っています。

つまりどういうことなのかな、ということをお話する前に「障碍者」と「低能力者」のどちらを対象とするのかははっきり決めておかなきゃいけないけど、前者にしておこうと思います。なぜなら後者の方がより区切りがわかりにくいからです。

そんで、流れを読む限り堀江氏は後者のためのお話をしています。(今までもベーシックインカムがうんぬんとか言ってたしね)ので、そこにずれがあるよ、ということはあらかじめ言っておく。

 

大事なのは「能力の低い人は」「経済的に成果を上げられない」ということは順番がどっちだとしても認めておかなくてはならないということです。「経済的に成果を上げられない」から「能力が低い」という順番でもいいです。

そしてここの領域に「自己実現だからいいじゃないか」「幸せそうな表情をしている」とか、そっちで踏み込んではいけません。これは個人戦の領域で、個人戦の中で「点数低いけどメダルあげなよ、がんばったんだからさ」は認められないわけです。

ではどうやって反論するのか? というとこれは「社会で能力の低い人を受け入れようと決めているのだから、受け入れなきゃ」でいいのです。これはもう「そういうルールだから」と決めているのが経済の側の合意で、それに対して一定のメリットを法や規則で与えてバランスをとったりしようとしています。

 

なぜそういうことをしなくてはならなくなったのか、というと、それは『経済的なことに参加することが「自己実現」「幸福」であることに社会的な合意がある』から。経済に参加することと、人が幸福であることはかなり高く「癒着」している。ここに自己実現は他の方法で達成すればいいじゃないか、というお話は可能だけど、それを実施しようとして癒着しているものを引きはがそうとすれば当然血は出ます。それもかなり高い水準であるから「すごく血がでる」のです。

 

だから堀江氏への発言は「経済的な得るものの多寡」のとこでは同意して「社会的な合意」の面では「それはルールだからね、受け入れることを決めたんだ」とすればいいはずの話なんですが、それがうまく分けられないことがやっぱり「癒着」なんだと思うのです。