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ksk@ぴよによるノンジャンルみだれ手記

そういえば、同人誌っていう表現方法はいわゆる「侵略」「浸食」みたいなことになってないのかなという話

そもそも同人誌とは、という話になるといわゆる最初の言葉の意味からはだいぶ遠ざかったところにあるかと思うんですけれども、とりあえず「いま」の同人誌というのは、いわゆる個人製作誌のことだと思うのですが。

これが非常に立派な装丁のものが多い。んで、アニメの同人誌をそのアニメのスタッフが書いたり、プロの漫画化が自分の漫画を出すのはいいとして、デザインだけが外部に委託されて作成されるみたいなこともあるんですって。

同人誌もものによってはweb上だったり、あるいはテレビなど媒体のニュースに取り上げられたりして、かなり大きな扱いを受けてたりする。タモリ倶楽部でなんだったかの飲食物系の同人誌が取り上げられたみたいな回もあった。

そんな折、買った同人誌を読んでいて、この界隈ってたぶんいま「金の匂いがするところ」なんだろうな、ということをふと感じまして。

いや、同人誌がお金になったのは今に限った話じゃないじゃん、ってことになると思うんですけど、たとえば「東方」とか「ひぐらし」とかは、もともと同人が同人として出して、そこから人気になったと思うんです。人気になればそこにお金の匂いが出る。

そうではなくて「お金の匂いがするから」→「同人を出す」という、場そのものに対しての動きがもっともっとあるんじゃないかなー、と思うんです。

 

ちょっと例を変えまして、インターネットそのものだったり、2ちゃんねるだったり、twitterだったり、ニコニコ動画だったり、っていうのはごく一部の層しか使っていなくって、それが面白いってなったからもっと一般の人が集まるようになって、それで変質していって、最初に居た人たちはそっと離れて行った。こういうのはどんな媒体、組織でもよくある流れであって。んで、特に「オタク系」の媒体であると「あいつらが我が物顔で持って行った」みたいな論調にもなりやすいわけです。

 

これが次は同人誌なのかなー、と。以前からもそういう話はありましたが、それはどちらかというと「買いにいく」人達で「売りに行く」人達ではなかったなという印象だったのです。

これを、売りに行く人達がやると。それはどんどん「同人誌」の形を変えて行ってしまうだろう、ということが起こると思うのです。

まず、どこかで「同人誌」ブームが起こる。(もうあるのかなぁ)商業主義ではない、手垢のついてない自由な表現がすてき! うんぬん。そうすると「一般流通の本よりも同人誌の方がいいよな」みたいな風潮が起こっていく。同人誌にも面白いものがありましてみたいなことがテレビとかで取り上げられてく。同人誌を買う俺、流行の最先端、かっこいい。有名になったやつが普通の書店や小売店で見られるようになる。

そうすると、同じ企画で物を出すにして、今は同人誌の市場が勢いあるから同人誌の市場で出しましょうみたいになって、うんぬん。

 

まぁ、企業、営利は基本的に即売会の理念からは外れるだろうから、あとはそこをどのくらいシャットアウトするか、できるかだとは思うのですが、どこかでそういう流れがあってもおかしくないよなぁ、と。

いうことを、自分が手に取っているこの同人誌、これは趣味や思想というよりも「生活のため」創られているものだったりしないだろうか、と考えて、想像していました。

 

もうあるかもしれないし、これからなのかもしれないけれども。そういうときに、今の同人誌を作り、買う人たちがどういう言葉を発するのかな、ということと、最初に書いたような「もともとの同人誌」を作り、買う人たちがどう思うのかな、ということをふと考えたのでした。