■原始の人はお風呂に入る
彼にあたえられた指令は「お風呂に入る」ことだった。
まずは身に着けているものをすべて脱がなくてはならない。
とはいえ、そもそも彼はほとんど身に着けているものがない。わずかばかりのものを脱ぎ捨てて裸になる。
浴室の扉を開けると、鏡、蛇口、シャワーノズル、浴槽、手桶――彼にとってはどれもはじめて見るものばかりだった。
おそるおそる、彼は浴室への一歩を踏み出す。そして濡れた床で盛大に転び、思いっきり体中を打ちつけた。
彼は打った箇所を気にしながら起き上がり、イスに座る。
次の指示は「シャンプー」だ。
どろりとした奇妙な液体をいぶかしげな眼で見ながら、言われたとおりに頭につけて泡を立てる。
なるほど、この泡というやつはなかなか面白い、と彼が思ったのもつかの間、シャンプー液が目に入り、まるで火花が出たかのような金切声をあげることになった。
そして「ひげそり」。カミソリなんて持ったこともないので、顔中傷だらけだ。傷口からせっけん液が入ってくるのも、もううんざりだった。
最後は「入浴」。ここでも彼は思い切り転び、浴槽に頭から飛び込んでしまう。体は打つし傷口は痛むし体中の穴から水が飛び込んでくる。もうたくさんだ。彼は浴槽から飛び出し、体中びしゃびしゃなまま、体もふかずに浴室から逃げるように飛び出してきた。
上司が尋ねる。「どうだったかね、何かわかったかな?」
彼は答えた。「わかりません……ガ、どうして祖先の人間たちは、こんなに危険な行為を? 水が入って回路がショートしそうです……ガガガ」
それは、人類の滅びた遥か未来、知能を持った機械たちが行った「太古の文化の実証実験」のヒトコマ。